住処のこと

2017年3月18日

 こんな記事を見かけた。
消えかけの信号
 自分が通った、そして自分の子供達も通った小学校も、こんな感じだなぁ、と感じました。
 市境の地区で、自分が通っていた頃は全校で200人足らずの児童数だったのが、学区内に市営団地や、いわゆるニュータウンができたおかげで20年ほど前、自分が教育実習で母校に行っていた頃は教室が足りず、プレハブで授業を受けていたクラスがあったほど。
 その後校舎の増築をして娘が通っていた10年ほど前は各学年2クラスと、決して児童が多い学校ではないのですが、それでも昔のことを思うと大きな小学校になったな、と思っていたところ、いつの間にか1クラス学年が多くなってきている。
 戸建ての住宅地ができると、確かに地区の戸数、人口は増えるものの、いわゆるニュータウンができるとそこに住む人の年齢層というのは似たようなもので、子供にしても一気に増えるものの、その世代が卒業すると、一気に減ってゆく。
 それでも、30年くらいしたらその子供が子供を産んで、という循環になるだろうと漠然と考えていたのですが、

この住宅地はバブルの最末期ほどに売り出されたものだ。その時三十代の戸主を持った核家族が移り住んできて二十年。彼らは五十代になり、その子供たちは二十代で自立のときだ。ここに建っている家々は皆核家族用のもので、複数世代が住めるものじゃない。私だってちょうどその世代だ。私が子供の頃はこの住宅地はもっと賑やかで、小学生だけでも百人近くはいたではないか。それこそ、あんな小さなバスでは乗り切れないくらいに。

のくだりを読んで、そうはならないかもと思った。
 ニュータウンから巣立った子ども、どのくらいの割合がそこに戻って、また子どもを育てるのか、と考えたら・・・。
 世代というスパンで見ると、使い捨てされる住処になってしまうのかと思います。
 詳しくは書かなかったのですが、先日出席させていただいた建築家さん達の会議での話も、そんな話。
 数世代先も住んでもらえるような住処、ということをちょっと思った次第。